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メイナード・ファーガソン[Maynard Ferguson]氏の生涯のまとめ

公開日: : News

写経ではありませんが、追悼の意もこめて、本家WikipediaのMaynardFergusonのページを翻訳してみました。
主にバイオグラフィーですが、読んでみるとばら色のように見えますが、ここにかかれてないところで、大変な努力をしていたんだろうなと思います。
翻訳は続きを読むからどうぞっ。


原典:Maynard Ferguson – Wikipedia, the free encyclopedia
翻訳日:2006/09/13
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ウォルター”メイナード”ファーガソン氏(以下ファーガソン)は、1928年の5月4日に生まれ、2006年の8月23日にこの世を去った。ファーガソンはカナダに生まれたジャズトランペット奏者及びバンドリーダである。彼はスタンケントン・オーケストラにて素晴らしい演奏を披露していき、1957年には29歳の若さで自身のバンドを持つまでに至った。ファーガソンは、ハイノートを正確に演奏できることを特に注意していて、それ
が彼の才能を開花させる足がかりとなった。
■幼いころとそのころ受けた教育
ファーガソンは、今はモントリオールの一部になっているカナダのベルダンで生まれ、両親の支えの元、4歳からピアノとバイオリンをはじめた。そして9歳の時に地元の協会ではじめてコルネットの音を聞き、両親にあれを買ってとせがんだ。ファーガソンは1941年、13歳の時にフランス音楽学校の奨学生の座を得、そこで正規の音楽教育を受けた。
そして13歳で天才児としてカナダ放送協会(CBC)のオーケストラで独奏をしたのだ。
10代の間ファーガソンはモントリオールでバンドリーダーをしていた。そして1949年に、スタンケントン・オーケストラで吹きたいと言う夢を抱えて、アメリカはニューヨークに引っ越した。
■アメリカでの成功。
アメリカに来て、ファーガソンははじめ、ボイド・レーバン, ジミー・ドーシー,チャーリー・バーネットなどのビッグバンドで演奏をはじめた。そして1950年、スタンケントンがロサンゼルスで新しく作った「InnovationsOrchestra」でスタープレイヤーとして演奏することになった。InnovationsOrchestraが商業的に失敗だと分かった後も、ファーガソンはケントンの元に残った。ファーガソンは若すぎてバンドのメンバーと一緒にツアーをすることはできずに、親の車でバンドのバスを追いかけていたが…。
1954年(26歳)に、ファーガソンはInnovations Orchestraを去り、ハリウッドのパラマウント・ピクチャーで映画のサウンドトラックの仕事を始めた。彼は映画「十戒」のリードなど、印象的なプレイを残した。
パラマウントを去った後、この時がファーガソンが最も精力的に活動した時期であろう。彼は Birdland Dream Bandを率い、さらに彼のバンドはJoe Zawinul,Don Menza, Mike Abene, and Jaki Byard等にフィーチャリングされた。また、ファーガソンの楽器を問わない演奏技術がこの時期見えてき始めた。彼は全ての管楽器でソロを吹くことが出来た。
■ヨーロッパ
1960年代にファーガソンは活動の地をイングランドに移した。彼の談によると、この移動はアメリカの音楽に対する姿勢に原因があるとのことである。アメリカ人には、音楽の変化への抵抗があるそうだ。MariaかOleを演奏しないと、客はがっかりして帰ってしまうというような。
しかし、イングランドは特にジャズとロックの分野においてアメリカより変化を受け入れてもらいやすかったとのことである。
■現在に与えた影響
メイナード・ファーガソンは、ビッグバンド時代の終焉とロックの勃興時代を生き延びた、数少ないミュージシャンかつバンドリーダーである。一方彼は、ただの有名人では決して無く、それに一人の人間として、といった程度の成功を残しただけの人物でも決して無い。ファーガソンは音楽的に非常に柔軟であった。彼のアルバムはスィング、ビバップ、クールジャズ、ラテン、ジャズロック、フュージョン、クラシック、オペラの影響によって、どんどん発展していった。特にアルバム『Chameleon 』を通じて。この時期ファーガソンは、それまでのジャズを深く愛する人々からは白い眼で見られたが、同時に若い学生世代をジャズに惹き付けた。
ファーガソンは、ダブルハイB♭に届く高音域を吹ける奏者として知られている。彼はまた、ユニークな楽器も開発した。通常の伝統的なバルブシステムのトランペットの他に、”ファイヤーバード”と呼ばれた、トロンボーンのようなスライドのついたトランペットや、”スーパーボーン”と呼ばれたバルブとスライドの両方ついたトロンボーンもある。
また彼はインドの民族楽器も好んで盛り込み、アルバムやコンサートにもその影響がうかがえる。曲が寺の鐘で終わることもしばしばある。
また、ファーガソンバンドは若い人材を発掘して育てる場所として続いていった。
■アメリカへの帰還
1970年代、ファーガソンはアメリカに帰ってきた。彼は大学の奏者を発掘しバンドに入れることでビッグバンドを維持していった。そして、ハイスクールの講堂で指導をし、マスタークラスを開いた。ファーガソンは少数精鋭の10人のバンと共にツアーをし、常にみんなの人気を集め、ファンに信奉され、ちょっとした教祖のような扱いを受けたりもした。彼のレコーディングである、ロッキーのテーマ「Gonna Fly Now」は、1977年にチャート40位を記録した。ファーガソンは9ヶ月の間、自身の Big Bop Nouveauを率いて世界中をツアーして回った。ライブアルバム「 MF Horn 6 Live at Ronnies」が今年の5月26日に発売された。
■死
2006年のニューヨークのBlueNoteでの歴史的なツアーを終えた後、ファーが損は8月23日の午後、カリフォルニアのヴェントゥーラ郡の記念病院で息を引き取った。78歳だった。腹部感染による、腎臓と肝臓の機能不全の結果であった。彼は家族に看取られて息を引き取った。
日本でライブを行う直前でした。世界中で追悼ライブが行われ続けています。また一人、偉大な人が天に…。
ちなみに国内で買えるファーガソンのCDはこちらから

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